年収より先に「実際に残るお金」を確認する
当直明けの体で、ふと考えることはないでしょうか。
このまま今のペースで働き続けて、10年後、20年後はどうなっているのだろう、と。
当直を減らしたい。勤務日数を少し減らしたい。けれど、収入が下がるのは不安。
そんな思いから、資産形成を考え始める勤務医は少なくないと思います。
そのとき、多くの人がまず気になるのは「何に投資するか」ではないでしょうか。
新NISAでインデックス投資を始めるべきか。不動産投資を検討するべきか。高配当株がよいのか。あるいは、副業や事業を始めた方がよいのか。
私自身も、資産形成に関心を持ち始めた頃は、投資商品の情報ばかりを探していました。
しかし、今振り返ると、その前に確認しておくべきことがありました。
自分のお金が、今どのような状態にあるのかを、数字で把握することです。
勤務医として働いていると、自分の経済状態を「年収」で考えがちです。
年収がいくらあるか。同年代の医師と比べて多いか少ないか。今の収入をあと何年維持できるか。
もちろん、年収は大事な数字です。
ただ、資産形成に使えるのは年収そのものではありません。税金や社会保険料、生活費などを差し引いたあと、実際に手元へ残ったお金です。
年収が高くても、支出が多く、ほとんど残らなければ資産は増えていきません。反対に、年収がそれほど高くなくても、毎年安定して残るお金があれば、それを将来のために積み上げていけます。
勤務医が資産形成を始める前に確認しておきたいのは、次の3つの数字です。
- 年間手残り額
- 必要生活費
- 労働依存率
この3つが分かると、毎年いくら投資に回せるのか、どのくらいの資産や収入があれば働き方を変えられるのか、今の生活がどれほど自分の労働に支えられているのかが見えてきます。
今回は、それぞれの数字の考え方と、簡単な確認方法について書いてみます。
1つ目の数字:年間手残り額
最初に確認したいのは、年収ではなく「年間手残り額」です。
年間手残り額とは、税金や社会保険料、生活費などを支払ったあとに、1年間で実際に残ったお金のことです。
大まかには、次の式で計算できます。
年間手残り額 = 1年間の手取り収入 − 1年間の支出
ここでいう手取り収入には、勤務先からの給与だけでなく、外勤や当直、副業、不動産、配当などから得た手取り収入も含めます。
支出には、次のようなものがあります。
- 住宅費
- 食費
- 光熱費
- 通信費
- 保険料
- 車の維持費
- 教育費
- 旅行や趣味
- 親への支援
- 医療費
- その他の臨時支出
たとえば、年間の手取り収入が1,800万円で、年間支出が1,300万円だった場合、年間手残り額は500万円です。
1,800万円 − 1,300万円 = 500万円
この500万円が、貯金や投資、繰り上げ返済、事業への投資などに回せるお金になります。
勤務医は一般的に高収入と見られやすい職業です。しかし、所得税や住民税、社会保険料の負担は大きく、額面年収と実際の手取りにはかなりの差があります。
さらに30代後半から50代は、住宅ローンや教育費、車、保険、親への支援などが重なりやすい時期です。忙しさから外食や家事代行、時短サービスへの支出が増えることも珍しくありません。
どれも生活を維持するための自然な支出です。
ただ、全体を確認しないままでいると、年収は上がっているのに手元に残るお金は増えていない、という状態に気づかないまま何年も過ぎてしまうことがあります。
通帳残高だけでは分かりにくい
年間手残り額を確認するとき、12月末と前年12月末の預金残高を比べるだけでは十分でない場合があります。
その年に投資信託や株式を購入していれば、預金は減っていても金融資産は増えています。反対に、保有していた資産を売却して預金が増えた場合、それをその年に新しく残したお金と考えるのは正確ではありません。
年間手残り額を把握する基本的な方法は、1年間の手取り収入から年間支出を差し引くことです。
一方、預金だけでなく投資信託や株式なども保有している場合は、年初と年末の金融資産残高もあわせて確認すると、資産形成がどの程度進んだかを把握しやすくなります。
ただし、投資商品の値上がりによる増加は、その年に自分が収入から残したお金とは分けて考えた方がよいでしょう。
最初から厳密な貸借対照表を作る必要はありません。まずは、1年間の手取り収入と、おおよその年間支出を確認するだけでも十分です。
最初に確認したい3つのポイント
年間手残り額を計算したら、次の点を見てみます。
- 毎年いくら残っているか
- その金額は年によって大きく変動していないか
- 残ったお金を何に使っているか
年間500万円が残っていても、そのすべてが目的のないまま普通預金に置かれていれば、資産形成の方向性は曖昧なままです。
一方で、そのうち300万円を長期投資に回し、残りを現金として確保するなど、目的を決めて配分すれば、何のためにお金を残しているのかが明確になります。
もちろん、十分な現金を確保しておくことにも大切な意味があります。大きな支出や収入減に備える現金まで、無理に投資へ回す必要はありません。
大事なのは、年収の高さだけではありません。
毎年いくら残り、そのお金を将来の選択肢作りに回せているか。
これが、資産形成の出発点になります。
2つ目の数字:必要生活費
次に整理したいのが「必要生活費」です。
必要生活費とは、自分と家族が今の生活を続けるために、年間いくら必要なのかという数字です。
大まかには、次の式で計算できます。
年間必要生活費 = 毎月の基本生活費 × 12か月 + 年間の特別支出
毎月の基本生活費には、次のようなものがあります。
- 住宅費
- 食費
- 光熱費
- 通信費
- 保険料
- 日用品費
- 車の維持費
- 教育費
- 定期的な医療費
年間の特別支出には、次のようなものがあります。
- 固定資産税
- 自動車税や車検
- 旅行費
- 家電の買い替え
- 冠婚葬祭
- 帰省費
- 住宅修繕費
- 入学金や学費
- 予備費
たとえば、毎月の基本生活費が80万円、年間の特別支出が240万円であれば、必要生活費は年間1,200万円です。
80万円 × 12か月 + 240万円 = 1,200万円
「最低生活費」と「現在の生活費」を分ける
必要生活費を考えるときは、1つの数字だけでなく、できれば次の2段階に分けておくと分かりやすくなります。
最低生活費
生活を維持するために、最低限必要な金額です。
現在の生活費
旅行や趣味、外食なども含め、現在の生活水準を維持するために必要な金額です。
たとえば、現在の生活費は年間1,500万円でも、旅行や一部の支出を調整すれば、最低生活費は年間1,000万円ということがあります。
この2つを分けておくと、収入が一時的に減った場合に、どこまで支出を調整できるかが分かります。
現在の生活を維持するために必要な収入と、最低限生活を守るために必要な収入を分けることで、働き方を変えるための条件も考えやすくなります。
家計簿を1円単位でつける必要はない
勤務医は忙しく、毎日の支出を細かく記録するのが難しいことも多いと思います。
私自身も、1円単位で家計簿をつけ続けるのは得意ではありません。
そのため、まずはクレジットカードや銀行口座の履歴を見ながら、毎月の支出を大きな項目ごとに確認するだけでもよいと思います。
過去3か月から6か月程度の平均を出し、そこに税金や旅行費などの年間支出を加えれば、おおよその必要生活費は計算できます。
毎月の支出にばらつきが大きい場合は、1年間分の履歴を確認した方が実態に近づきます。
大切なのは、完璧な家計簿を作ることではありません。
自分の生活を維持するために、年間いくら必要なのかを把握することです。
必要生活費が分かると、資産形成の目標が変わる
必要生活費が分かると、投資や資産形成の目的が具体的になります。
たとえば、必要生活費が年間1,200万円あり、給与以外の手取り収入が年間200万円ある場合、残りの1,000万円を労働収入でまかなう必要があります。
当直を減らすことで年間の手取り収入が200万円減るなら、その200万円をどう補うかを考えればよいことになります。
- 支出を年間50万円見直す
- 配当や不動産からの手残り収入を年間100万円増やす
- 発信や事業から年間50万円を得る
このように分解すると、「何となく当直を減らすのが不安」という状態から、「あと年間200万円あれば当直を減らせる」という具体的な課題に変わります。
必要生活費は、単なる節約のための数字ではありません。
どのくらい資産を作ればよいのか、どれくらい給与以外の収入が必要なのかを考えるための基準になります。
3つ目の数字:労働依存率
3つ目は「労働依存率」です。
労働依存率とは、生活に必要なお金のうち、どれくらいを自分の労働収入に頼っているかを示す数字です。
このブログでは、次のように考えます。
労働依存率 = 必要生活費のうち労働収入でまかなう金額 ÷ 必要生活費 × 100
給与以外の手取り収入がある場合は、次の式でも計算できます。
労働依存率 =(必要生活費 − 給与以外の手取り収入)÷ 必要生活費 × 100
たとえば、年間必要生活費が1,200万円で、そのすべてを給与や当直収入でまかなっている場合、労働依存率は100%です。
一方、年間必要生活費が1,200万円で、不動産収入や配当、事業収入などの手取りが年間300万円ある場合、労働収入でまかなう必要があるのは900万円です。
900万円 ÷ 1,200万円 × 100 = 75%
この場合、労働依存率は75%となります。
給与以外の手取り収入が必要生活費を上回る場合、労働依存率は0%と考えます。反対に、生活費のすべてを労働収入でまかなっている場合は100%です。
ここでいう労働収入には、常勤先からの給与だけでなく、外勤、当直、アルバイトなど、自分が働くことで得ている収入を含めます。
給与以外の収入には、次のようなものがあります。
- 不動産からの手残り収入
- 配当や利息
- 事業収入
- 発信活動からの収入
- 印税や権利収入
- 年金収入
不動産収入については、家賃の総額ではなく、ローン返済や管理費、修繕費、税金などを差し引いたあとの手残り額で考えます。
また、不動産や事業にも管理の手間はかかります。完全な不労所得かどうかにこだわるより、「自分が診療を休んでも入ってくる収入かどうか」という視点で考えると分かりやすいと思います。
勤務医の収入は労働への依存度が高い
勤務医の収入の多くは、自分が働くことで生まれます。
外来、病棟、訪問診療、当直、オンコール、外勤。いずれも自分の時間と体力を使って得ている収入です。
これは決して悪いことではありません。医師として専門性を活かし、比較的高い収入を得られることは大きな強みです。
問題は、生活費のほぼすべてを労働収入に頼っていると、働き方を変えたときに収入も大きく減ってしまうことです。
30代の頃は、多少無理をしても働けたかもしれません。40代でも、責任感で走り続けられているかもしれません。
しかし、50代以降も同じ働き方を続けられるかは分かりません。
当直明けの疲れが抜けにくくなる。健康上の問題が出てくる。家族や親の事情で、勤務時間を減らす必要が生じる。職場環境の変化で、転職を考えることもあります。
そのとき、収入のほとんどを給与や当直代に頼っていると、働き方を変えることが、そのまま生活への不安につながってしまいます。
労働依存率が高いほど、収入は高くても、働き方の自由度は低くなりやすいのです。
目指すのは、いきなり労働依存率ゼロではない
労働依存率を下げるというと、「早期退職を目指す」「医師を辞める」と受け取られることがあります。
しかし、必ずしもそうではありません。
大切なのは、医師を辞めることではなく、医師収入だけに生活を依存する状態を少しずつ変えていくことです。
たとえば、労働依存率が100%から90%に下がるだけでも、年間生活費の10%を給与以外の収入でまかなえることになります。
必要生活費が年間1,200万円なら、年間120万円、月額では10万円です。
月10万円で生活が大きく変わるわけではないかもしれません。それでも、その収入が継続的に入れば、当直を何回か減らす、勤務日数を調整する、家族との時間を確保するといった選択肢につながります。
資産形成の目的は、単に口座残高を増やすことだけではありません。
自分が働けないときや、働き方を変えたいときにも、生活を守れる状態を作ることです。
その進み具合を確認する指標として、労働依存率は役に立ちます。
3つの数字を実際に書き出してみる
ここまでの内容を、簡単な例で整理してみます。
ある勤務医の家庭について、次のような状況を考えます。
- 労働による年間手取り収入:1,680万円
- 給与以外の年間手取り収入:120万円
- 年間手取り収入の合計:1,800万円
- 年間必要生活費:1,200万円
この場合、年間手残り額は次のようになります。
1,800万円 − 1,200万円 = 600万円
毎年600万円を、現金の確保や長期投資、不動産の自己資金などに回せる計算です。
また、生活費1,200万円のうち、給与以外の収入で120万円をまかなえているため、労働収入でまかなう必要があるのは1,080万円です。
1,080万円 ÷ 1,200万円 × 100 = 90%
労働依存率は90%となります。
ここから、たとえば次のような目標を立てられます。
- 年間手残り額600万円のうち、300万円を長期投資に回す
- 生活防衛資金として一定額の現金を確保する
- 給与以外の手取り収入を年間120万円から240万円に増やす
- 労働依存率を90%から80%へ下げる
自分の現在地が分かると、「おすすめの投資商品は何か」という問いだけでなく、「自分は年間いくら投資に回せるのか」「どの程度のリスクを取れるのか」という、より本質的な問いに答えられるようになります。
数字を見るのは、自分を責めるためではない
自分の数字を確認すると、予想と違う結果が出ることがあります。
思ったよりお金が残っていなかった。何に使ったのか分からない支出が多い。高収入なのに、資産があまり増えていない。
そう感じるかもしれません。
しかし、数字を見る目的は、自分や家族を責めることではありません。
支出には、それぞれ理由があります。
忙しい勤務を支えるための外食や時短サービスもあるでしょう。子どもの教育費や家族旅行など、減らしたくない支出もあります。健康や時間を守るために必要な出費もあります。
すべてを削る必要はありません。
大切なのは、自分が何にお金を使っているのかを理解し、その支出に納得できているかを確認することです。
削るべき支出を探すというより、次の3つに分けてみるとよいと思います。
- 生活に必要な支出
- 自分や家族にとって大切な支出
- あまり満足度を生んでいない支出
満足度を生んでいない支出だけを少し見直し、浮いたお金を資産形成へ回すことができれば、生活の質を大きく下げずに手残りを増やせます。
勤務医は収入が比較的高いため、家計を細かく確認しなくても日々の生活は回りやすい職業です。
だからこそ、気づいたときには収入に合わせて支出も大きくなり、働き方を変えにくくなっていることがあります。
まずは現状を知るだけで十分です。
数字が分かれば、次に何をすべきかが見えてきます。
資産形成は「商品選び」の前から始まっている
資産形成というと、株式や投資信託、不動産など、何を買うかに注目しがちです。
しかし、年間手残り額が分からなければ、無理なく投資できる金額は決められません。
必要生活費が分からなければ、どのくらいの現金を残しておくべきかも判断できません。
労働依存率が分からなければ、何のために給与以外の収入を作るのかも曖昧になります。
年間手残り額は、「資産形成に回せるお金」を示します。
必要生活費は、「守るべき生活」を示します。
労働依存率は、「働き方の自由度」を示します。
この3つを確認することが、勤務医の資産形成の出発点になります。
おわりに
勤務医が資産形成を始めるとき、いきなり大きな決断をする必要はありません。
不動産を買う。個別株を選ぶ。副業を始める。開業する。
こうした選択肢を検討する前に、まずは自分のお金の現在地を確認することが大切です。
見るべき数字は、次の3つです。
- 1年間で実際にいくら残っているのか
- 自分と家族の生活には年間いくら必要なのか
- 生活費のうち、どれくらいを自分の労働に頼っているのか
年間手残り額、必要生活費、労働依存率。
どれも地味な数字です。
しかし、この3つを把握すれば、毎年いくら投資できるのか、どのくらいの現金を確保すべきなのか、給与以外の収入をどこまで育てたいのかが見えてきます。
私自身も、最初から自分のお金を正確に把握できていたわけではありません。勤務医として働きながら投資を進める中で、少しずつ数字を見るようになりました。
自分の数字が分かると、漠然とした不安が具体的な課題に変わります。
「将来が不安だ」ではなく、「年間手残り額をあと100万円増やしたい」。
「いつまで働かなければならないのか分からない」ではなく、「給与以外の収入が年間300万円あれば、当直を減らせる」。
このように考えられるようになります。
資産形成は、投資商品を買った日から始まるのではありません。
自分の収入、支出、働き方を数字で確認したときから、すでに始まっています。
まずは完璧でなくて構いません。
年間手残り額、必要生活費、労働依存率。
この3つの数字を、紙や表計算ソフトに書き出すことから始めてみてください。


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