40代・50代から人生の主導権を取り戻す
SNSを開くと、驚くほど大きな資産を築いた人の投稿が目に入ります。
資産1億円を達成した。
不動産を何棟も保有している。
配当収入が生活費を上回った。
総資産が10億円を超えた。
こうした投稿を見ていると、自分ももっと資産を増やさなければならないような気持ちになることがあります。
勤務医は比較的収入が高く、社会的信用もあります。だからこそ、働けるうちに資産形成へ取り組めば、将来の選択肢を増やしやすい立場にあります。
ただ、お金だけを指標に人生を設計すると、どこかで行き詰まります。
人生を支えているのは、お金だけではないからです。
一生懸命働いて十分な資産を築いても、そのときに自由な時間がなければ、やりたいことはできません。
お金と時間があっても、健康を失っていれば、人生を十分に楽しむことは難しくなります。
40代、50代の勤務医が考えるべきなのは、資産をいくらまで増やすかだけではないと思います。
健康・時間・お金を、どう同時に守っていくか。
この3つを一つの問題として考えることが、人生後半の設計には必要だと感じています。
勤務医の人生は「お金」だけでは設計できない
お金は大切です。
教育、住居、医療、介護、旅行。人生でやりたいことの多くには、ある程度のお金が必要になります。
お金があれば、嫌な仕事を断れることもあります。休みたいときに休み、家族に時間を使い、本当にやりたい仕事を選べる可能性も高くなります。
その意味で、お金は人生の自由度を高める強力な道具です。
ただ、お金があるだけで人生が充実するわけではありません。
教養や知性、自己規律、周囲からの信頼は、お金を払えば自動的に手に入るものではありません。
学ぶ機会は買えても、教養そのものは買えません。
健康づくりにお金を使うことはできても、日々の生活習慣を整えるのは自分自身です。
家族と旅行に行くことはできても、家族との関係を良くするには、時間と心を向ける必要があります。
だからこそ、お金を増やすこと自体を人生の目的にしてはいけないのだと思います。
大切なのは、そのお金を使って何をしたいのか。
どう暮らしたいのか。
誰と時間を過ごしたいのか。
どんな仕事を続けたいのか。
どんな人間でありたいのか。
お金に余裕ができて、初めてこうした問いに向き合えることもあります。
お金は人生の目的ではなく、自分が生きたい人生に近づくための重要な手段です。
健康・時間・お金は、別々の問題ではない
健康・時間・お金は、別々のテーマとして語られがちです。
しかし実際には、深くつながっています。
収入を増やすために勤務を増やせば、自由な時間が減ります。
当直や外勤を続けて睡眠不足になれば、健康が損なわれます。
健康を崩して働けなくなれば、今度は収入が減ります。
収入が減ることへの不安が強いと、体調が悪くても仕事を減らせません。
このように、3つのうち一つに無理が生じると、ほかの二つにも影響が及びます。
お金が十分にできても、使える時間がなければ、やりたいことはできません。
お金と時間があっても、健康でなければ、行きたい場所へ行くことも、好きな仕事を続けることも難しくなります。
自分が生きたいように生きるために、健康と時間は土台になります。
お金は、その土台の上で、人生の選択肢を広げる役割を持っています。
例えば「引退後は田舎で静かに暮らしたい」という人であれば、それほど大きな資産は必要ないかもしれません。
それでも、実際にその暮らしを楽しむための時間と健康は必要です。
人生設計とは、最も多くのお金を残す計画ではないのだと思います。
健康と時間を失わずに必要なお金を準備し、自分の望む生き方を実現する計画です。
健康を崩して初めて気づいたこと
若い頃の私は、研究の世界で一流になることが人生の大きな目的でした。
目の前の研究に好奇心の赴くまま取り組み、夢中になって実験を続けていました。
研究は楽しかった。
同時に、かなり無理な働き方をしていたのだと思います。
研究のことを一日中考え、家に帰ってからも頭が仕事から離れない。結果が出なければ、さらに時間をかける。休んでいると、遅れてしまうような気がする。
明らかなオーバーワークが続くうちに、興味のある仕事であっても、次第に体がついてこなくなりました。
45歳を過ぎた頃から夜に眠れない日が増え、やがて深刻な睡眠障害に陥りました。
45歳を過ぎていたため、年齢に伴う心身の変化も影響していたのかもしれません。
それでも当時は、もっと努力すれば何とかなると思っていました。
しかし、健康を崩すと仕事の効率は下がります。
好きだった研究にも苦痛を感じるようになり、以前のような集中力も保てなくなりました。
そして、健康でなければ仕事だけでなく、家族との時間や日常生活も楽しめないことに気づきました。
それまでは、理想を実現するためなら多少の無理は仕方がないと思っていました。
ところが、実際に健康を崩したあとに残ったのは、「やり切った」という満足感だけではありませんでした。
なぜ、もう少し早く休まなかったのか。
なぜ、もっと力を抜けなかったのか。
なぜ、仕事以外のものを大切にできなかったのか。
そんな「やりすぎた後悔」も残りました。
研究上の理想を達成できたとしても、自分の健康や家族との関係が壊れてしまえば、心から喜ぶことはできなかったと思います。
健康は、人生の目標の一つではありません。
人生の目標に向かうための土台です。
土台を壊してまで目標を追いかけると、たとえ目的地に着いても、その成果を受け取れなくなってしまいます。
高収入になっても「時間貧乏」は解決しなかった
研究をしていた頃は、収入がそれほど多くありませんでした。
子どもの教育費や自分たちの老後を考えると、経済的な不安がありました。
そこで、研究を続けながら医師のアルバイトを始めました。
収入は増え、経済的な不安は少し和らぎました。
しかし、当然ながら失ったものもあります。
週末の時間が、医師のアルバイトで埋まるようになりました。
それまで研究に使っていた時間の一部が、医師として働く時間に置き換わっただけで、自由な時間が増えたわけではありません。
収入は増えました。
しかし、自分の時間を切り売りしている構造は変わりませんでした。
この働き方を60歳以降も続けるのは難しい。
そう考えたとき、自分の労働だけに頼らない収入の柱が必要だと感じるようになりました。
勤務医は収入を増やしやすい職業です。
外勤や当直を増やせば、比較的早く収入に反映されます。
しかし、働く時間を増やす方法には限界があります。
年齢とともに体力は変化し、親の介護や自分自身の病気など、自由に働けない時期が来る可能性もあります。
勤務医の高収入は、大きな強みです。
ただし、その収入をすべて生活水準の上昇に使ってしまえば、高い収入を維持するために働き続けなければならなくなります。
高収入を、さらに多く働くために使うのか。
それとも、将来の時間を取り戻すために使うのか。
同じ収入でも、使い方によって人生後半の自由度は大きく変わります。
お金の役割は、人生の選択肢を増やすこと
研究生活に一区切りをつけて臨床に戻ってから、私の収入は大きく増えました。
そこで、まずは小さく投資を始めました。
全世界株式のインデックスファンドを買い、トランクルーム投資も経験しました。
最初に得られた資産収入は、決して大きなものではありません。
それでも、自分が働いていない時間にも、わずかながら収入が生まれるという体験には大きな意味がありました。
この収入を少しずつ育てていけば、いつか「生活のために医師として働かなければならない状態」から離れられるかもしれない。
そう考えるようになりました。
私は、医師の仕事を辞めたいわけではありません。
できるだけ長く続けたいと思っています。
医師としての知識や経験を誰かのために使うことは、生きがいであり、社会への貢献でもあります。
だからこそ、お金を稼ぐことだけを目的に医師として働き続けたくはありません。
資産収入が生活を支えられるようになれば、給与の高さだけで仕事を選ぶ必要はなくなります。
勤務日数を減らす。
当直をやめる。
興味のある仕事を選ぶ。
家族に時間が必要なときは、仕事を調整する。
自分の体調に合わせて、無理のない範囲で働く。
お金があることで、自分にとって最も意義のある選択をしやすくなります。
お金の本当の役割は、人生の選択肢を増やすことなのだと思います。
比較競争から離れるために「Enough」を決める
比較競争には終わりがありません。
研究組織の中で一つの目標を達成しても、さらに上の研究者や、さらに大きな成果が目に入ります。
資産形成も同じです。
1億円を達成すれば、次は2億円が気になります。
10億円を持っていても、100億円を持つ人がいます。
100億円を持っていても、その上には1000億円を持つ人がいます。
終点を決めずに走り続ければ、どこまで行っても「まだ足りない」という感覚から抜け出せません。
特にXなどのSNSには、資産、年収、肩書、実績をめぐる比較があふれています。
自分なりのEnoughが決まっていなければ、SNSを見ているだけで、自分が遅れているような気持ちになります。
一方で、自分に必要な生活費、得たいキャッシュフロー、望む働き方が決まっていれば、他人の資産額はそれほど重要ではなくなります。
Enoughとは、向上心を捨てることではありません。
挑戦をやめることでもありません。
どこまで行けば、得たお金と時間を自分の人生のために使い始めるのか。
その基準を、自分で決めておくことです。
何者かと認められるためではなく、自分の人生を自分で納得できる形にする。
そのためにも、自分なりのEnoughが必要だと思っています。
最初に確認したい3つの数字
健康・時間・お金を同時に守る人生設計も、最初から複雑な計画を立てる必要はありません。
まずは、次の3つの数字を把握するところから始められます。
1.年間手残り額
年収ではなく、税金や生活費を支払ったあと、1年間で実際にいくら残っているのかを確認します。
資産形成の初期には、年間手残り額を増やすことが重要です。
収入を増やすことだけでなく、増えた収入を将来の選択肢に変えられているかを見る数字でもあります。
2.必要生活費
自分と家族が暮らすために、年間いくら必要なのかを把握します。
できれば、家計版の損益計算書と貸借対照表を作り、収入・支出・資産・負債を大まかに整理しておくと有効です。
必要生活費が分からなければ、いくら資産収入があれば働き方を変えられるのかも分かりません。
3.労働依存率
生活費のうち、どの程度を自分の労働収入に頼っているかを見る数字です。
例えば、年間生活費が1200万円で、資産収入が300万円あれば、残りの900万円を労働収入で賄うため、労働依存率は75%です。
資産収入や事業収入が増えれば、労働依存率は少しずつ下がります。
労働依存率がゼロになれば、生活のために働く必要はなくなります。
これは一般的な「富裕層」の定義とは異なりますが、私にとっては経済的自由を示す重要な基準です。
医師を辞めるためではなく、長く続けるために備える
労働依存率がゼロになったとしても、仕事を辞める必要はありません。
私にとって、労働は悪ではありません。
自分の能力を生かし、誰かの役に立ち、社会とのつながりを持つことは、人生の充実につながります。
ただし、生活費を稼ぐためだけに働かなければならない状態と、自分の意思で仕事を選んでいる状態は違います。
収入を下げたくないから当直を続ける。
生活費が不安だから、体調が悪くても休めない。
給与が高いという理由だけで、自分には合わない仕事を続ける。
こうした働き方は、年齢を重ねるほど苦しくなっていきます。
目指したいのは、医師を辞めることではありません。
お金を稼ぐためだけの労働から、自分が意義を感じる仕事へ移っていくことです。
自分の知識や経験を使って人に貢献し、その結果として自分と周囲も豊かになる。
そのような働き方を長く続けるために、働けるうちから経済的な土台を作っておく。
資産形成は、医師を辞めるための準備ではありません。
医師として無理なく、納得して働き続けるための準備でもあるのです。
人生設計は、何度でも書き直してよい
人生設計は、一度決めたら終わりではありません。
年齢を重ねれば、体力も価値観も変わります。
子どもが独立すれば必要生活費が変わり、親の介護が始まれば時間の使い方も変わります。
自分や家族が病気になることもあれば、新しく挑戦したいことが見つかることもあります。
状況が変われば、以前に立てた計画が合わなくなるのは当然です。
年に一度程度は、健康状態、時間の使い方、資産と負債、収入の構造、これからやりたいことを見直した方がよいと思います。
当直をいつまで続けるのか。
今の勤務日数は適切か。
運動や睡眠の時間を確保できているか。
資産形成のリスクを取りすぎていないか。
家族との時間を後回しにしていないか。
自分は今、何のために働いているのか。
人生設計は、一日で完成させるものではありません。
暮らしながら考え、試し、修正を繰り返していくものです。
強いだけではなく、環境の変化に合わせてしなやかに形を変えられる設計の方が、人生後半には合っているのではないでしょうか。
健康・時間・お金を守りながら、自分で納得できる人生へ
健康・時間・お金は、人生を支える重要なインフラです。
お金があっても、健康と時間がなければ使えません。
健康で時間があっても、最低限のお金がなければ、選べる人生は限られます。
どれか一つだけを極端に増やすのではなく、3つの柱が折れないように整えていく。
そうすることで、人生という建物は強くなります。
ただし、頑丈なだけでは十分ではありません。
年齢、家族、仕事、健康、社会環境の変化に応じて、何度でも設計を見直せるしなやかさも必要です。
私は、最も多くのお金を持つ人になりたいわけではありません。
挑戦は続けたいと思っています。
一方で、他人の評価や比較競争に、自分の人生を委ねたくはありません。
何者かと認められたいのではなく、自分の人生を、自分で納得できる形にしたい。
そのために、健康を守る。
自分の時間を取り戻す。
お金を、人生の選択肢を増やすために使う。
勤務医として働くことと、自分の人生を大切にすることは、どちらか一方を諦めなければならない関係ではありません。
健康・時間・お金を一つの問題として捉え、少しずつ設計を変えていけば、両立できる可能性はあります。
40代、50代は、人生を諦める時期ではありません。
これまでに築いてきた経験、専門性、信用、収入を使って、人生後半の選択肢を増やしていく時期です。
まずは、自分の健康状態を振り返ること。
自分で使える時間を確認すること。
そして、年間手残り額、必要生活費、労働依存率を書き出してみること。
人生設計は、その小さな確認から始まります。


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