仕事を辞めるのではなく、仕事を選ぶ基準を変える
当直明けの外来をこなしながら、ふとこんなことを考えたことはないでしょうか。
この働き方を、あと10年、20年と続けられるだろうか。
30代のうちは、目の前の症例をこなし、経験を積み、収入を増やすことに迷いはなかったはずです。
頼まれた仕事は断らず、多少の無理も「今は仕方ない」で片づけてきました。
けれど40代、50代と進むにつれて、同じ強度で働き続けることが、本当に自分の望む生き方なのかを考える瞬間が増えてきます。
これは、仕事が嫌になったという話ではありません。
私自身、できることなら生涯にわたって何らかの仕事を続けたいと思っています。
自分の知識や経験が誰かの役に立ち、一日の終わりに「今日はよく働いた」と思える感覚は、人生の充実と深く結びついているからです。
その一方で、生活のすべてを自分の労働だけで支える状態を、この先も当然の前提としてよいのか、という疑問があります。
病気になるかもしれません。
親の介護で時間を割かなければならなくなるかもしれません。
自分の意思とは関係なく、勤務量を減らさざるを得ない場面も来るでしょう。
そうなってから慌てるのではなく、元気に働ける今のうちに、収入と仕事の関係を組み替えておく。
それが、私の考える「55歳からのセミリタイア」です。
そして、この準備は55歳になってから始めるものではありません。
30代、40代のうちから考えておくほど、無理のない形で進めやすくなると思います。
完全リタイアが、自分にとっての幸福とは限らない
セミリタイアという言葉からは、仕事を大幅に減らし、悠々自適に暮らす姿がイメージされがちです。
もちろん、それを望む人もいるでしょう。
長年働いた後、仕事から離れて趣味や家族との時間を楽しむ生き方を否定するつもりはありません。
ただ、私自身は完全リタイアにあまり魅力を感じていません。
労働をすべて苦痛とみなし、できるだけ早く手放すべきものとする考え方にも、正直なところ違和感があります。
仕事には、報酬以外の側面があります。
人から必要とされること。
新しいことを学ぶこと。
自分なりの責任を果たすこと。
社会との接点を持ち続けること。
患者さんと向き合う時間にも、一つのテーマを追い続けた研究の時間にも、金額だけでは測れない価値がありました。
夢中になって働いた後に得られる充実感は、「自分は今日を生きた」という感覚に近いものがあります。
だから、仕事そのものを手放したいわけではありません。
私が変えたいのは、仕事の有無ではなく、仕事と生活費の結びつきです。
働くことを自分で決めているのか。
それとも、働く以外に暮らしを維持する方法がないのか。
同じ勤務内容でも、この二つでは精神的な意味が大きく違ってきます。
セミリタイアとは、仕事を選ぶ基準を取り戻すこと
私にとってセミリタイアとは、労働収入をゼロにすることではありません。
生活費の全額を、毎月の給与だけで用意しなくてもよい状態のことです。
世の中には、社会的な価値と報酬の高さが一致しない仕事があります。
研究は、その代表かもしれません。
長い年月をかけて取り組んだ成果が、将来の医療に貢献する可能性があります。
しかし、臨床で働く場合と比べると、収入面では厳しいことも少なくありません。
生活を維持するために一定以上の給与が必要であれば、価値を感じていても、その仕事に進めないことがあります。
反対に、給与以外から基礎的な収入が入れば、報酬だけに縛られずに仕事を判断できるようになります。
最も収入が高い仕事ではなく、自分が意義を感じられる仕事。
週5日勤務ではなく、体力に合った週3日や週4日の勤務。
肩書のある立場ではなく、目の前の患者さんと落ち着いて向き合える役割。
収入額だけを見れば下がるとしても、人生全体で見れば、より納得できる働き方へ移れるかもしれません。
もちろん、資産形成の途中では、収入を優先して働く時期も必要です。
問題は、その状態を無期限に続けてしまうことです。
現役で稼げる時期の収入をすべて使い切るのではなく、その一部を将来の収益源へ移す。
給与以外から入るお金を育てながら、仕事に求める条件を時間をかけて変えていく。
セミリタイアとは、働かない状態ではありません。
お金のためだけに仕事を決めなくてもよい状態だと、私は考えています。
実際に辞めなくても、「辞められる状態」には価値がある
今の職場に不満がなければ、そのまま勤め続けても構いません。
良い同僚に恵まれ、自分の役割にも納得できているなら、あえて環境を変える理由はないでしょう。
それでも、辞めようと思えば辞められるだけの経済的な余白は持っておきたいものです。
海外には「Fuck You Money」という言葉があります。
かなり刺激的な表現ですが、誰かに攻撃的な言葉を投げつけるためのお金ではありません。
理不尽な要求を受けたときや、健康を損なう勤務を求められたときに、その場から静かに立ち去れるだけの備えのことです。
経済的な余裕がないと、職場の評価や上司の意向に必要以上に敏感になります。
収入が途絶えることへの恐怖から、本来なら断るべき仕事まで引き受けてしまうこともあるでしょう。
反対に、すぐに転職しなくても暮らせると思えると、職場での振る舞いが変わります。
相手の顔色を過度に気にせず、自分の考えを落ち着いて伝えやすくなる。
無理な依頼に対しても、感情的にならずに線を引ける。
皮肉なことに、いつでも離れられると思っている方が、かえって組織とうまく付き合えることもあります。
ただし、早くその状態になろうとして焦ってはいけません。
短期間で資産を何倍にも増やそうとすれば、高利回りをうたう投資話や、自分が理解できない事業に引き寄せられます。
医師という肩書や信用を利用される危険もあります。
40代、50代以降は、損失を取り返すために使える年月が、若い頃ほど長くありません。
お金だけでなく、健康や社会的信用まで傷つける方法は避けるべきです。
急いで自由を買おうとするよりも、いつでも方向転換できる土台を着実につくる方が、結果的には安全です。
私は資産総額より、毎月入るお金を重視している
セミリタイアを考える際には、「いくら貯めればよいのか」という話になりがちです。
5,000万円あればよいのか。
1億円が必要なのか。
あるいは、それ以上なければ安心できないのか。
資産総額を把握することは、もちろん重要です。
ただ、私の場合、通帳や証券口座に大きな金額があっても、それだけで十分な安心を得られるとは思っていません。
仮に1億円を持っていたとしても、毎月それを取り崩して暮らすとなれば、別の不安が生まれる可能性があります。
積み上げてきた資産が徐々に減っていくことには、心理的な抵抗があるからです。
寿命が何年残っているかも、将来どの程度の医療費や介護費が必要になるかも分かりません。
残高が減るたびに、「このまま使い続けてよいのだろうか」と考えてしまうかもしれません。
その点、毎月一定額が入ってくる仕組みには、異なる安心があります。
家賃収入、配当、年金、小規模な事業収入など、形は人によって違います。
生活に必要な金額を定期的な収入で賄えれば、元本を減らすことへの恐怖は小さくなります。
もちろん、キャッシュフローだけを見ればよいわけではありません。
借入が過大であれば、見かけ上の収入があっても危険です。
不動産であれば、空室や修繕、金利上昇も考えなければなりません。
株式の配当も、将来にわたって保証されるものではありません。
資産総額と継続収入の両方を確認する必要があります。
そのうえで私は、心理的な安心という面では、残高の大きさよりも、毎月の生活を支える収益を重視しています。
給与を完全になくす必要もありません。
投資収益で生活費の一部を賄い、残りを無理のない診療で補う方法もあります。
ゼロか100かで考えず、生活費のうち労働で用意しなければならない割合を下げていく。
その方が、勤務医には実行しやすい方法ではないでしょうか。
セミリタイアを数字にする
「いつか勤務を減らしたい」と思っているだけでは、実際の働き方はなかなか変わりません。
漠然とした希望を計画に変えるためには、少なくとも三つの数字を確認する必要があります。
1か月の暮らしに、本当はいくら必要なのか
最初に確認したいのは、毎月の生活費です。
住宅費、食費、保険料、通信費、医療費、教育費、親への援助などを大まかに書き出します。
ここで、極端な節約生活を前提にする必要はありません。
旅行や趣味、家族との食事など、自分にとって大切な支出も含めます。
ぎりぎり生きていける金額ではなく、「このくらいあれば、窮屈さを感じずに暮らせる」という水準を知ることが大切です。
セミリタイア後も毎日支出を心配して過ごすのであれば、仕事を減らした意味が薄れてしまいます。
自分にとっての「十分な生活」を、まず金額に置き換えてみましょう。
そのうち、労働以外でいくら賄いたいのか
次に、生活費の何割を給与以外から得たいのかを考えます。
最初から全額を目指す必要はありません。
まず30%を賄う。
次に50%を目指す。
将来的に70%まで引き上げる。
段階を設けた方が、現実的な計画になります。
例えば、毎月の生活費が100万円で、投資などから得られる手残りが30万円なら、残り70万円を診療収入で補います。
この場合、生活費の70%を自分の労働に頼っていることになります。
私は、この割合を「労働依存率」と呼んでいます。
計算は次の通りです。
労働依存率=(生活費-労働以外の継続収入)÷生活費×100
生活費のすべてを給与で用意しているなら、労働依存率は100%です。
生活費の半分を投資収益などで賄えれば、50%になります。
労働以外の収入が生活費を上回った場合は、労働依存率は0%と考えます。
これは、実際の給与額が生活費の何倍あるかを見る数字ではありません。
生活を維持するために必要な金額のうち、どれだけを自分の労働で用意しなければならないかを見るための数字です。
労働依存率が下がれば、勤務日数を減らしたり、当直を手放したりする余地が生まれます。
いつまでに、どの勤務を減らしたいのか
三つ目は期限です。
「いつか楽になりたい」だけでは、忙しい日常の中で先送りされます。
一方で、非現実的な期限を置くと、資産形成そのものが重荷になります。
数年以内に完全リタイアする必要はありません。
まず、60歳までに当直をなくす。
外勤を一つ減らす。
週5日の常勤から週4日勤務へ移る。
このように、実際の勤務内容に結びつけて目標を設定すると、必要な金額も見えやすくなります。
大きなゴールを一つ掲げるより、仕事の負荷を一段ずつ下げる方が実行しやすいでしょう。
重要なのは、資産額を競うことではありません。
どの仕事を、いつまでに、どの程度減らせるようにしたいのか。
そのために不足している月額はいくらなのか。
ここまで分かれば、セミリタイアは抽象的な憧れではなく、具体的な計画になります。
40代・50代からの投資では、退場しないことを優先する
40代、50代からの投資で最も避けたいのは、大きく増やせないことではありません。
無理をして、途中で資金も気力も尽きてしまうことです。
若い頃なら、大きな損失が出ても、その後の労働収入で埋め合わせる時間があります。
40代後半から同じ失敗をした場合、予定していた退職時期や家族の生活に直接影響する可能性があります。
したがって、この年代では最大利益を狙うより、致命的な損失を避ける方を優先すべきです。
最初から大きな不動産を買う必要はありません。
積立投資や小規模な運用を通じて、元手を蓄える期間があってもよいでしょう。
私も、最初から現在の投資方針が決まっていたわけではありません。
小さな運用を試しながら種銭をつくり、自分に合うものと合わないものを見極めてきました。
その結果、今は扱う投資を増やしすぎず、自分が理解できる範囲に絞る方が合っていると考えています。
投資方法は、増やしすぎない方が管理しやすくなります。
複数の金融商品、短期売買、不動産、事業投資を同時に抱えれば、把握すべき情報が増えます。
利回りが高くても、値動きや返済が気になって眠れないのであれば、その投資は自分に合っていない可能性があります。
投資の成績は、収益率だけでは測れません。
管理に使う時間、精神的な負担、睡眠への影響、家族との関係まで含めて考える必要があります。
また、現金を使い切らないことも重要です。
不動産であれば、空室や修繕が発生します。
自分や家族の病気で、急な支出が必要になることもあります。
すべての資金を運用に回してしまえば、予想外の出来事が起きたときに、条件の悪い売却や借入を迫られます。
現金は増えない資産に見えますが、困ったときに判断を急がずに済むという大きな役割があります。
一発逆転を狙うのではなく、予想外の出来事が起きても続けられる形にする。
それが、40代、50代以降の資産運用には必要だと思います。
税金を知ることも、手元資金を守る方法の一つ
高収入の勤務医ほど、額面年収と手取りの差は大きくなります。
そのため、収入を増やすことだけでなく、税金や社会保険の仕組みを理解し、最終的にいくら手元へ残るのかを見る必要があります。
iDeCoやふるさと納税など、制度として用意された仕組みを知ることには意味があります。
ただし、「節税になる」という理由だけで、不要な保険や投資商品を契約するのは本末転倒です。
収益性が低い商品や、自分の目的に合わない契約を選んでしまえば、税負担が軽くなったとしても、資産全体では損をする可能性があります。
重要なのは、税金を減らすこと自体ではありません。
働いて得たお金のうち、最終的にいくらを残し、それをどのように将来の収益へつなげていくかを考えることです。
税務上の扱いは、収入、家族構成、保有資産、投資内容によって異なります。
専門家に相談しながらも、すべてを任せきりにせず、自分が利用している制度の基本は理解しておきたいところです。
最も稼げる仕事ではなく、最も納得できる仕事へ
医師は、他の多くの職業と比べて、高い収入を得られる可能性があります。
その収入を計画的に残し、収益を生む資産へ移していけば、開業をしなくても経済的な余白をつくることは可能だと思います。
もちろん、すべての勤務医が同じ条件にいるわけではありません。
住宅ローンや教育費、親の介護、家族構成によって、資産形成に回せる金額は大きく異なります。
短期間で誰もが同じ地点に到達できるわけでもありません。
それでも、給与だけに頼る割合を下げるという方向は、多くの勤務医にとって検討する価値があるはずです。
経済的な余白が生まれると、仕事に求めるものが変わります。
30代のうちは、技術を身につけることや収入を増やすことが重要だったかもしれません。
人生の後半では、興味のある分野に取り組むこと、誰かの役に立つこと、無理のないペースで長く続けることに、より大きな価値を感じる可能性があります。
最も給与が高い職場ではなく、最も納得して働ける場所へ移る。
収入は少なくても、自分が意義を感じる仕事を引き受ける。
疲れているときは休み、家族に時間が必要なときは勤務を調整する。
こうした決定を自分で行えることが、人生後半の自由ではないでしょうか。
社会に貢献するために、自分や家族の生活を犠牲にし続ける必要はありません。
自分の暮らしを安定させたうえで、無理なく長く仕事を続ける。
それが結果として、社会に返せる価値を大きくすることにもつながると思います。
まとめ
私が目指しているセミリタイアは、仕事から離れて何もしない生活ではありません。
暮らしのすべてを給与に頼る状態を改め、仕事を判断する基準を自分の手に戻すことです。
そのためには、まず毎月の生活費を把握します。
次に、生活費のうち、どれくらいを給与以外から得たいのかを決めます。
さらに、当直、外勤、常勤日数など、何をいつまでに減らしたいのかを具体的にします。
資産運用では、大きな利益を急ぐより、途中で立ち行かなくならないことを優先する。
投資によって睡眠や家庭生活が崩れるのであれば、それは本来の目的から外れています。
目指したいのは、働かずに済む人生ではありません。
働く日数、担う役割、力を注ぐ仕事を、自分の価値観に照らして決められる人生です。
収入を得るためだけの労働から、自分が意味を感じる仕事へ。
その移行を支える経済的な土台を、働けるうちにつくっておく。
それが、私の考えるセミリタイア戦略です。


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