勤務医の「時間貧乏」を抜け出す方法

忙しいだけではなく、自分の時間を取り戻すという話

勤務医として働いていると、ふとした瞬間に「自分の時間がほとんどない」と感じることがあります。

朝から外来や病棟、訪問診療に追われる。合間に書類を書く。会議が入る。当直やオンコールがある。休日も、完全に休んでいるというより、疲労を回復させるだけで終わってしまう。

収入はある。仕事にも意味はある。社会的にも安定している。

それでも、なぜか自由な感じがしない。

これは40代、50代の勤務医だけの話ではないと思います。最近は30代の先生からも、「この働き方を、この先ずっと続けるのだろうか」という声を聞くことが増えました。当直明けの外来をこなしながら、ふと「10年後も同じことをしているのだろうか」と考えてしまう。そんな感覚に、心当たりがある方も多いのではないでしょうか。

今回書きたいのは、勤務医の「時間貧乏」についてです。

ここでいう時間貧乏とは、単に忙しいという意味ではありません。

自分の時間を、自分で決めにくい状態のことです。

勤務医の時間は、細かく分断されている

勤務医の仕事は、まとまった時間を持ちにくい仕事です。

外来の時間は決まっています。病棟や訪問診療の予定もあります。患者さんの急変、家族対応、書類、紹介状、カンファレンス、委員会。予定表には見えない仕事も多くあります。

さらに当直やオンコールがあると、勤務時間外も完全には自由になりません。

もちろん、それが医師の仕事だと言われれば、その通りです。患者さんの状態は、こちらの都合に合わせてくれるわけではありません。医師という仕事には、そういう性質があります。

ただ、問題は忙しさそのものだけではありません。

問題は、時間が細切れになり、自分のために使えるまとまった余白がなくなることです。

本を読む。体を整える。家族とゆっくり過ごす。将来の働き方を考える。資産形成について整理する。自分の健康状態を見直す。

こうした時間は、緊急性が低いため、後回しになりやすいものです。

そして気づくと、人生にとって大事なことほど、予定表の外に追いやられてしまいます。

「時間ができたら考える」は、なかなか実現しない

勤務医は、忙しい中でも責任を果たしていくことに慣れています。

今は忙しいけれど、落ち着いたら考えよう。
役職が一段落したら考えよう。
子どもの教育費が落ち着いたら考えよう。
もう少し資産が増えたら考えよう。

そう思いながら、日々の仕事をこなしていく。

私自身も、そういう感覚はよく分かります。

ただ、実際には「自然に時間ができる」ということは、あまりありません。

仕事は次々に入ってきます。職場での責任は増えます。年齢を重ねると、親のこと、自分の健康、家族の事情も出てきます。

若い頃は体力で吸収できていた忙しさも、40代、50代になると、同じようには処理できなくなってきます。30代のうちは気力でカバーできていても、40代、50代と年齢を重ねるにつれて、同じ働き方を続けることの重さを感じる場面が少しずつ増えてきます。

つまり、時間は余ったら生まれるものではなく、意識して守らないと残らないものなのだと思います。

まず見直したいのは「時間の使い道」ではなく「時間の主導権」

時間管理というと、効率化を思い浮かべるかもしれません。

隙間時間を使う。タスクを整理する。無駄な時間を削る。早起きする。

もちろん、そうした工夫も役に立ちます。

ただ、勤務医の時間貧乏は、個人の努力だけでは解決しにくい面があります。なぜなら、自分で自由に決められない時間が多いからです。

大切なのは、時間の使い方を細かく改善する前に、時間の主導権をどれだけ持てているかを見ることです。

たとえば、1週間のうち、完全に自分で使い方を決められる時間はどれくらいあるでしょうか。

急な仕事が入りにくい時間。
誰かの都合に左右されにくい時間。
疲労回復だけで終わらない時間。
将来のことを考えられる時間。

この時間がほとんどない場合、たとえ年収が高くても、自由度はあまり高くありません。

逆に、たとえ週に数時間でも、自分で使い方を決められる時間があると、人生設計は少しずつ動き始めます。

小さくても「先に確保する時間」を作る

時間貧乏から抜け出すために、最初から大きく働き方を変える必要はないと思います。

いきなり常勤を辞める必要もありません。当直をすべて手放す必要もありません。副業を始めなければならない、という話でもありません。

まずは、小さくてもよいので「先に確保する時間」を作ることです。

たとえば、週に一度、30分だけでも家計や資産の数字を見る。
月に一度、当直や外勤の負担を振り返る。
週に数回、運動や睡眠を守る時間を予定表に入れる。
年に一度、自分の働き方を棚卸しする。

このような時間は、空いたらやるのではなく、先に予定として置いておく方がよいと思います。

勤務医の予定表は、仕事で埋まりやすいものです。

だからこそ、自分の健康や人生設計に関わる時間も、仕事と同じように予定として扱う必要があります。

それは決してわがままではありません。

長く医師として働き続けるためにも、自分の体力、時間、家族との関係を守ることは、とても大事な仕事の一部だと思います。

断る前に、減らせるものを見つける

時間を作るというと、「断る力」が必要だと言われることがあります。

たしかに、無理な仕事をすべて引き受け続ければ、時間はなくなります。

ただ、勤務医の場合、簡単に断れない仕事も多いはずです。職場の事情もありますし、患者さんのこともあります。同僚との関係もあります。

だから最初から大きく断るよりも、まずは少し減らせるものを探す方が現実的かもしれません。

当直の回数を少し見直せないか。
外勤の目的は今も明確か。
惰性で続けている仕事はないか。
自分でなくてもよい業務はないか。
休日を疲労回復だけで使い切っていないか。

こうした問いを持つだけでも、時間の見え方は変わります。

勤務医は、責任感が強い人ほど、自分の時間を後回しにしがちです。

しかし、すべてを抱え続けることが、必ずしも良い医師であり続けることにつながるとは限りません。

むしろ、少し余白を持つことで、仕事の質も、家庭での表情も、自分自身の健康も守りやすくなるのではないかと思います。

時間の自由は、お金の設計ともつながっている

ここで避けて通れないのが、お金の問題です。

勤務を減らしたいと思っても、収入が大きく下がるなら簡単には動けません。当直を減らしたいと思っても、その収入が生活費や教育費、住宅ローンに組み込まれていれば、決断は難しくなります。

つまり、時間の自由は、最終的にはお金の設計ともつながっています。

ただし、これは「投資をすればすぐ自由になる」という話ではありません。

まずは、自分がどの収入に依存しているのかを知ること。どの支出を守りたいのかを考えること。どの段階になれば、少し勤務を緩められるのかを見える形にすること。

時間を取り戻すためには、予定表だけでなく、収入と支出の構造も少しずつ整えていく必要があります。

医師という仕事だけに収入源を頼っていると、働き方を変える選択肢そのものが狭くなってしまう。だからこそ、収入の構造を早いうちから見直しておくことは、30代であっても決して早すぎることではないと感じています。

このあたりは、勤務医の人生設計では避けられないテーマだと感じています。

まとめ

勤務医の時間貧乏は、単に忙しいことではありません。

自分の時間を自分で決めにくいこと。
予定表が仕事と責任で埋まりやすいこと。
疲労回復だけで休日が終わってしまうこと。
将来のことを考える余白がなくなること。

こうした状態が続くと、収入があっても、人生の主導権を持っている感覚は薄れていきます。

時間貧乏から抜け出す第一歩は、大きな決断ではありません。

自分で使える時間を見つけること。
先に確保する時間を作ること。
少し減らせる仕事や負担を見直すこと。
そして、時間の自由を支えるお金の構造にも目を向けること。

私自身も、まだその途中にいます。

勤務医として働きながら、自分の健康、時間、お金をどう守るのか。医師の仕事を続けながら、人生の自由度をどう高めていくのか。

これは一度で答えが出る問いではありません。

ただ、忙しさの中で立ち止まり、自分の時間を少しずつ取り戻していくことは、30代からでも、40代からでも、50代からでも始められると思います。

勤務医にとって本当に大切なのは、ただ時間を効率化することではありません。

自分の人生にとって大事な時間を、静かに守り直すこと。

そこから、働き方の再設計は少しずつ始まっていくのだと思います。

次回は、この時間の自由を支えるために、勤務医が収入の構造をどう考えていけばよいのかについて、もう少し掘り下げてみたいと思います。

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